公共投資乗数に及ぼす政府支出の非効率性の影響について、経済系の学術雑誌であるcomputational economicsに投稿中であるが、本日2度目の査読結果が来た。指摘事項はソースコードの件と利子率の影響についてである。ソースコードをGitHubに登録したつもりが,第3者が自由にみれるようになっていなかったようである。指摘に従って修正して12月2日の締め切りまでに再投稿する。
この論文は昨年5月に台湾での国際会議に発表したもので、日本経済にとって重要な論点を指摘したものである。Keyensの乗数理論によれば公共投資によるGDP増加はその額の数倍になることになっているが、実際の経済社会では1以下の場合もあればマイナスになることもあることが文献に示されている。しかしその理由が何故かはこれまで明らかにされていなかった。
本論文では、政府が景気対策として企業に支払った額が市場価値を超えた額となっている場合に、その額を「使途を制限しない補助金」としてモデルに導入してみた。政府総支出に占める補助金の割合を政府支出の非効率度として定義し、GDPに及ぼす政府支出非効率度の影響をエージェントベースモデルおよび数学モデルの両手法で解析した結果、いずれの手法でも非効率度が大となるほど公共投資乗数は低下し、財政均衡条件の場合には乗数がマイナスとなることもありうることが示された。その理由は、使途を制限しない補助金のかなりの割合が企業の利益剰余金となって銀行預金の増加となり市場を循環しないことによる。
日本でも毎年50兆円程度の国債を発行して政府支出にあてているので、本来であれば毎年かなりのGDP増加があって然るべきであるが、実際にはGDP成長率は殆どゼロである。その理由は政府支出の内のかなりの割合が、企業に経済価値以上に支払われる実質的な補助金となり、企業の利益剰余金の姿で銀行預金となり市場を循環しないことによると考えられる。政府支出の非効率度が大きい場合でも、増加した利益剰余金が投資に充てられる場合には、それらのお金が市中を循環しそれらはだれかの所得となるために公共投資乗数は増加する。しかし企業が投資をするためには需要が旺盛であることが必要である。現在の日本では消費者の需要が低迷しているので利益剰余金は投資には回らず銀行預金となる。また消費者の需要が低迷している理由は、消費者の多数派を構成している一般労働者の可処分所得が低迷しているからである。
アベノミクスの経済政策は、①金融緩和、②財政政策、③成長戦略、となっているが日本経済は低迷を続けている。その理由は成長戦略の目玉である規制緩和などが十分に進んでいないのに加えて、①、②の政策が間違っているからである。まず金融緩和であるが、金融緩和は企業の投資促進を狙ったものであるが、企業の投資を決めるのはマーケットの需要であり、日銀の金融緩和やマイナス金利が企業の投資を促進することにはつながらない。それにも関わらず金融緩和が景気拡大に有効と信じられている理由は、現在の経済理論では暗黙の裡に企業は投資の主体であり貯蓄主体ではないとみなされているからである。次に②の財政政策が効果を発揮するためには、政府が公共投資として支出したお金が市場を循環することが必須である。アベノミクス政策下では、政府支出が支払われる先は主に主に企業であって消費者ではないため、支出されたお金のかなりの割合が企業の利益剰余金となって市場を循環しないためにGDP増加には寄与しない。これらのことから、現在の日本で景気を良くするためには、企業優遇の政策をやめて、労働者優遇の政策に変えるべきである。
また、日本の国際競争力がバブル崩壊以降著しく低下している理由には、ITによる生産性の伸びが国際的に不十分であることがあげられる。またそれには意思決定構造が大きく関係していると筆者はみている。これについては別の機会に論じたい。いずれにしても日本では長らく景気対策の主流が企業優遇政策となり一方、労働者は非正規雇用制度等によって貧困化がすすんでおり、そのことが国内需要の低迷の大きな要因となっている。政府支出の無駄をやめて労働者への富の分配や可処分所得増加に軸足を移した政策への転換が緊急に必要である。
「賃上げ ぬぐえぬ温度差」日経新聞(2016/10/6)より