現在我が国ではコロナ感染拡大の第2波に続き、第3波が発生しようとしており、再び行動制限が課せられようとしている。これらの行動制限は当然のことながら経済を疲弊させる。

小生は、コロナ感染のエージェントベースモデルを作成し、その過程および計算結果から多くを学ぶことができた(» 研究業績)。それによれば、行動制限を緩和と感染拡大の抑制を両立させるキーとなる解決策は「検温による入場制限と自己管理」にあると考える。その理由は以下の通りである。

1. これまでの医学的知見として概略以下の事柄が知られている。

1)自然免疫の主たる要素は白血球であり、その働きは血液の循環に依存するため体温が高いほど高くなる。文献によれば、体温が1℃上昇すると免疫力は5倍に増加する。ちなみに癌は35℃で活発に増殖し39℃以上で死滅するといわれている。
このように免疫にとって体温は重要な要因である。

2)細菌やウイルスが体内に混入すると、体温が上昇する。これは免疫力を高めるための自然の働きであり、発熱は免疫がウイルスと戦っている兆候である。発熱の程度はウイルスや細菌の数が多いほど顕著と考えられる(この点は直接的証拠の論文を検索中)。

3)ウイルスは、単独では増殖できず、人間の細胞に寄生することにより増殖する。一方、免疫は、白血球による捕食、などの作用によりウイルスを最終的には対外へ排出する。

4)ウイルスに感染すると初期には自然免疫が作用し、それだけでは機能不十分な場合に、ある時間遅れを伴って抗体が発生する。抗体の発生により免疫によるウイルス攻撃力はより強力なものとなる。

5)感染により死に至るケースは、増殖したウイルスが特定の臓器に混入して臓器不全を起こすためである。但し、ウイルスによる死亡率が極めて低い。多くのケースでは臓器不全に至る前に、免疫及び抗体の作用によりウイルスの数は時間経過と共に減少し最終的には自然治癒する。

2.上記の医学的知見を踏まえ、エージェントベース感染モデルを構築し、種々の解析を行った。このモデルの特徴は、人間の行動や免疫力等の多様性を考慮し、かつ免疫及び抗体のウイルス攻撃作用、及びウイルスの数を考慮したモデルである点である。

よく知られている、SIRモデルやSIERモデル(方程式ベースモデル)では、感染する確率や治癒する確率を人間に共通のパラメータとして導入しているが、現実にはこれらの確率は個々人によって異なる。すなわち、健康者が感染する確率はその行動に依存するため個々人によって異なり、また感染者が治癒する確率は各自の免疫力や感染状況に伴うウイルスの数の違いに依存するためやはり個々人によって異なる。

エージェントベースモデリング(以下ABMと略す)はエージェントの属性や行動の多様性を考慮したモデリング手法であり、経済や社会の諸問題の解析に広くもちいられている。しかし、感染モデルに関する限り、従来のモデルは健康者が感染者と遭遇する確率に関わる個人の行動の多様性は包含されているものの、治癒の仮定については個々人の多様性を無視して、例えば、感染者は一定の期間を経過すれば治癒して感染の加害者でも被害者でもないimmuneな存在となる等、SIRモデルの仮定を踏襲して個人の多様性を無視しているものが殆どである。

エージェントの多様性を真に考慮したABMモデルとするには、感染過程だけでなく回復過程についても、個人の多様性を考慮する必要があり、そのためには、免疫及び抗体およびウイルスの数を考慮することが不可欠であり、今回筆者はそのようなモデルを構築した次第である。このモデルを用いて種々解析した結果次の事柄が知見として得られた。

1)実システムにおいて、新規感染者数のピークの後に感染者数がピークを示し、その後新規回復者数がピークを示す。本モデルはこの特徴を再現している。
(この傾向は現在のSIRモデルでは再現されない。その理由は新規回復者数がその時点の感染者数に比例すると仮定しているためである。実際の新規回復者数は過去の感染者数に依存しその実態はエージェント毎に異なる。)

2)本モデルではエージェント毎のウイルスの数を計算することが可能である。そのため感染拡大の経過を各個人ベースでトレースすることが可能である。その結果以下の知見が得られた。

①健康者が感染する際に体内に混入するウイルスの数は、感染伝播の進行とともに減少する。これは感染者が咳などで体外に放出されるウイルスは彼が持つ全ウイルスの一部であり、健康者の体内に移転されるウイルスの数はそのまた一部であるためである。ちなみに、マスクの着用が感染予防に効果があるのは、健康者の体内に移転されるウイルスの数を減少させるためである。(そのためたとえ感染したとしても早期に治癒する。)

②上記の結果感染伝播の進行とともに、新規感染者の回復に要する時間(日数)は短くなる。

③これらの免疫効果によって、クローズドシステムでは系内に存在するウイルスの数は時間経過と共に減少する。(もしそうでないとすればそれはウイルス増殖率が免疫の効果を上回る場合であり、その場合にはシステム構成員の全員が感染しない限りパンデミックは収束しない。実際には総感染者数の人口比が極めて小さい状態でパンデミック(第1波)は収束しているので、上記命題は正しいといえる)

④感染者数が増加している途上で(完全ではないレベルでの)行動制限し、その後感染者数が減少の途上で制限を解除した場合には、計算結果でも第2波が生じる。但し、第2波の新規感染者数のピークが第1波のピーク値より大きくなることはない。また、第1波で新規感染者数が大幅に低下してパンデミックが収束した状態の場合、たとえ感染者数が完全にゼロに至っていない場合でも、再び感染者数が自律的に増加すること(第2波の自然発生)はない。これは③に述べたクローズドシステムにおける免疫の効果である。ちなみ本ABMモデルにおいて、オープンシステムを仮定すれば第2波や第3波は当然のことながら、モデルでも再現される。

3. 現在日本では、第1波が収束した後に第2波が生成し、その収束前に第3波が生成しようとしている。また海外でも同様の現象が起こっている。

この第2波および第3波の傾向が起こった原因は、モデル解析による上記知見に基づけば、海外からの感染者の侵入と考えられる。第1波が収束した時点では海外からの渡航制限を厳密に行っていたが、その後これらの渡航制限を徐々に緩和したことが大きく影響していると考えられる。

第2波および第3波の原因がgo to キャンペーンの失敗にあると指摘する人がいる。

しかし、その認識は部分的に正しくとも正確ではない。正確には、「海外からの渡航者の感染者識別の隔離の徹底」を行っていない状態で国内の行動制限を緩和したことが第2波及び第3波の根本原因と考えられる。

4. 以上より、感染予防と経済を両立させる政策として下記を提案したい。

基本的考え方:

感染者の数は総人口の極一部である。極一部の感染者の識別を徹底せずに、全員の行動を制限し経済を悪化させることがばかげている。

感染者を識別し、感染者のみその行動を制限することが肝要である。

1)感染者識別の徹底と隔離(入場制限を含む)

  • 国際空港での入国者の全員のチェック、感染者のみ隔離する。
    到着と同時にチェックし直ちに隔離是非の判断が求められるため下記の検温スクリーニングが有効。PCR検査では時間と数に対応できない。
  • 密な場所(バー、カラオケ店、イベント会場等)での全員チェック、感染者である疑いのある人は入場制限する。

2)検温スクリーニングによる上記の徹底実現

たとえば37.5℃を閾値とする。

これ以上の体温でもウイルスに感染していない場合もあれば、これ以下の体温でも感染しているケースもありうる。しかし、これによって、健康者が感染者と遭遇する確率は大幅に低下するため感染予防に大きな成果をもたら可能性は高い。

また37.5℃以下の体温で感染者であるケースでは、その保有ウイルスの数は少ないので、たとえその一部が他人に移動したとしても自然治癒の効果で感染伝播の連鎖にはいたらない可能性は高い。

3)検温による個人の自己管理

各個人が自分の平熱を把握しておき、外出から帰宅後は常に体温をチェックし、平熱より高ければ平熱に戻るまで行動を自己制限する。

密な場所に出入りする場合には、外出先にも体温計を持参しより頻繁に体温チェックを行うことが望ましい。