1.エージェントベースモデリング(ABM)とは

201601 荻林成章

エージェントベースモデリング(以下ABMと略す)とは、実システムを構成する各要素の行動ルールをモデル化して、コンピュータ上に人工社会を構成し、各要素の自律的な行動とその相互作用の結果から、どのようなマクロ現象が創発されるかを観察することを通じて、複雑なマクロ現象創発に関する様々な知見を得ようとするコンピュータシミュレーション手法である。

この際、仮定するのは個々のエージェントの種類とその行動ルール、即ちミクロ的な状態に関わるものであり、マクロ的な状態変数やそれらの関係等に関する仮定は一切おかない。各エージェントは多様な意思決定主体であり、そのことはエージェントの属性の初期値を乱数で与えることにより容易にモデルに導入できる。

ABMの歴史はジョン・フォン・ノイマンの「自己増殖オートマトン」の理論に遡り、2016年はこの理論が刊行されて丁度50周年にあたる。この理論に基づき考案されたセルオートマトンがエージェントベースモデリングのルーツとされている。その最も初期のモデルの一つはトーマスシェリングの住み分けモデル(1971年)である。そこでは自律的な意思決定主体を表すエージェントが自身の意思決定ルールに基づき空間を動き回り互いに相互作用することにより、エージェントのわずかな嗜好の差がマクロ的な「住み分け」を引き起こすことが示されている。ここで注目すべき大切な点の一つは、わずかな住み分け状態が自己増殖的により強固な住み分け状態に変化していくという点である。

このような現象はミクロマクロリンクと呼ばれ、複雑系システムの一つの特徴とされている。ABMはボトムアップなモデリング手法と呼ばれ、複雑系システムの解析に適した手法であるといえる。

ABMと対局をなす従来型のモデリングの代表格は、方程式ベースのモデリングである。そこでは着目するマクロ現象に関わるメカニズムを仮定して、マクロ変数の時間的変化を解析する。しかし、マクロ現象はミクロ的かつ多様な個々の意思決定主体の行動の結果であるにも関わらず、ミクロレベルの多様性及び事象の不連続性や確率性は無視される。社会システムの場合、問題とする現象がマクロ的であればあるほどコントロールされた実験は一般に困難であるので、計算結果が実現象と一致しているかどうかの検証は困難である場合が多い。

これに対し、ABMでは個々の意思決定主体の多様性及び事象の不連続性や確率性を考慮することは容易であり、個々のシステム構成要素の変化とマクロなシステムの状態変化が同時に解析される。またミクロ的な行動ルールのみを仮定するのでメカニズムに関する仮定は必要ない。すなわち、ABMでは実システムと類似の原理で動作する人工システムをコンピュータ上に構築し、コンピュータ上で種々の要因を変更する実験(即ちコントロールされた実験)を行うことにより、種々の社会的マクロ現象の生成メカニズムの解明や、社会問題解決のための方策を検討することが原理的に可能である。この点に関する詳細は、次節のABM妥当性の項で詳述する。